三重県伊賀市上野東町の酒店「ヴァインケラーハシモト」の店内に並ぶ国内外の名酒の数々。きき酒師などの資格を持つ、店主の橋本文夫さん(76)が厳選した商品ばかりだ。その中に、ラベルに点字を記した珍しい特別純米酒「伊賀小町」がある。
「酒屋に入ると購入前に、奇麗なラベルやうまそうな酒などさまざまな情報が楽しめるが、視覚障害者の方はそんな楽しみは味わえない。ラベルを触ってもらって、酒の特徴を知ってもらえればうれしいし、それが私の望み」と話す橋本さん。
25年ほど前、ワインの産地、仏・ローヌ地方にある酒蔵を訪れた時、膨大な品種の中にただ1つ、ラベルに点字があるワインに出会ったという。その後、すぐ点字ラベルの日本酒を試験的に発売したが、酒造元の事情で長続きしなかった。
伊賀小町は今年7月に発売したが、ラベルの制作には上野点字図書館(同市上野寺町)が全面的に協力。点字製版機と印刷機で、橋本さんが用意したラベルに点字印刷を施した。銘柄の他に、「米のうま味がほどよくひき出されている」という一文も点字で記した。醸造は地元の大田酒造(同上之庄)で、三重の酒造好適米「神の穂」が使われている。
橋本さんは、「伊賀小町は飛鳥時代の女官で伊賀の国・山田郡の郡司の娘といわれる伊賀采女宅子娘(いがのうねめのやかこのいらつめ)のこと。当時、中大兄皇子だった天智天皇の後宮に入り寵愛されて後の大友皇子を産んだ女性で、全国から集められた地方豪族の娘の中でも、ひときわ美人だったと推測され、まさに『伊賀の小町』にふさわしい」と説明する。
これまでにも大学やホテルで講演し、日刊紙にコラムを連載してきた橋本さん。「酒は嗜好品で、何よりもうまいことが基本。伊賀小町は精米歩合が60%で、米のうまみがほどよく残っており、まろやかで優美な味」
発売以来、目の不自由な友人や親せきなどへの贈答品としても人気の伊賀小町は、720ミリリットル入り1500円(税別)。
「店は劇場、商品はキャスト、店主は演出家」をモットーにしているという通り、店内には江戸川乱歩シリーズの「黒蜥蜴」や「横光利一記念酒」などのオリジナルの日本酒、焼酎の他、ヨーロッパの契約畑で作られた「伊賀の国ドイツワイン」など、ひと味違う品々が目に入ってくる。
「面白いキャストをそろえ、お客さまが酒との感動的な出会いができるよう演出していきたい」と笑顔で語った。