【2019年に西村さん(前列左)の米寿を祝った際の家族写真(提供)】

空襲で家失った記憶もたどる

 三重県伊賀市ゆめが丘3丁目の今西秀樹さん(62)がこのほど、岡山県に住む義父、西村孝一さん(91)の「自分史」(A5判46ページ)を執筆し出版した。

自分史を手にする今西さん。表紙には長女・明日香さんが描いた西村さん夫妻の似顔絵

 1931年に専業農家の長男として生まれた西村さんは、45年6月29日の岡山大空襲で家が焼失。父・寿足さんが当時としては老齢の60歳を過ぎ、家屋の再建と家族7人を守っていく重責が、当時14歳になったばかりの長男・西村さんの肩にのしかかってきたという。

 そうした過酷な運命をたどりながらも、先祖から受け継いだ1万5000平方メートルの農地で米と小麦、イグサを栽培しながら、中学への進学を諦めて生計を支え、21歳の時には2階建ての家を新築した。そして翌年、22歳で結婚し、娘2人を育て上げた。その後、岡山県の区画整理の一環で農地を宅地に転換せざるを得なくなると、その土地で不動産賃貸の会社を立ち上げ、現在は長女の文子さんに経営を引き継ぎ、順調に推移しているという。

 2年前、文子さんから「父の波乱万丈の一生を中心に、ファミリーヒストリーにまとめてほしい」と、義弟の今西さんに依頼があった。今西さんは05年に伊賀の自然を詠んだ短歌集「実生」を、07年には地元紙への新春投稿をまとめたエッセー集「1年にひとつのお話」をそれぞれ自費出版しており、その文才を見込まれたようだ。

 今西さんは執筆に当たって本人や家族から直接話を聞こうとしたが、新型コロナの影響で2年間は全く動けず、やっと今年1月に岡山の義父宅を訪問できた。

2年かけ家完成

 本によると、岡山大空襲で家を失った一家は2年間、菩提寺の世話になり、寝泊まりした。終戦直後の物資も何もない中、家を建てる木材を集めるため、西村さんは母の実家があった総社市まで片道約25キロの道のりを、妹と2人でリヤカーを引き半日かけて運ぶ毎日。2年かけてやっと、2部屋ある茅ぶき屋根の小さな家が完成した。

 書籍の最後には、西村さんの家族や孫からの感謝のメッセージも収録。50冊印刷し、親族などに配った。

 出来上がった自分史を見た義母からはすぐに感謝の電話があった。今年6月、91歳を迎えた西村さん。今西さんは「良いプレゼントになり、親孝行ができたかな」と話した。

2022年7月30日付824号11面から

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