国内女子サッカーの最高峰、なでしこリーグ1部で来季戦う「伊賀FCくノ一」の躍動を振り返る連載4回目。2部降格から1年で復帰という悲願達成のため、結果にこだわり続けた指揮官と主将の覚悟に迫った。〈最終回〉
チャンスとピンチ 背中合わせの戦術
6年ぶりの指導を決意した元日本代表DFの大嶽直人監督(50)は契約期間1年という条件の下、託された使命を果たした。選手に示した戦い方は、自陣に下がらず、縦への推進力を引き出すプレッシングサッカー。攻守で先手を打ち、前方に選手を配置し厚みを持たせる一方、中途半端なプレーや判断の遅れが失点に直結する、チャンスとピンチが背中合わせの戦術だ。【ピッチ上の選手に修正を指示する大嶽監督=伊賀市小田町】
優勝を公言したチームの試金石は本拠地での開幕戦だった。好機を生かせずに疲れで足が止まった隙を突かれ、0‐1で敗れた。「最も印象に残っている。サッカーの本質が出た」と、勝負どころの決定力や規律の徹底など初戦のつまずきを次戦以降の教訓にした。
大嶽監督が5年前に退任したタイミングでくノ一の指導に加わった林一章コーチ(42)は、これまで間近で見てきた他の監督3人との違いについて、関係の築き方を一つに挙げる。「いつも相手目線。それが誰であっても変わらない」という。
チームでは普段、選手と冗談を言い合う仲だが、指導者のスイッチが入ると一変し、消極的なプレーや緩慢な動きにはすぐに厳しい檄が飛ぶ。特に前方へ球と人が動くのに合わせて周囲が連動し、位置取りを変える場面では「頭の準備と90分間動ける体力が必要で、要求や指示は一番緻密。ミーティングで褒めることはまず無い」と明かす。
1部で率いた過去3年間の最高順位は10チーム6位。上位にはまだ届いていない。このオフ期間中は2部優勝の余韻に浸ることなく、今季築いたスタイルを更に昇華させるため、準備に充てるつもりだ。下部組織やクラブの将来、地域との関わりにも今以上に向き合っていきたいという。
くノ一のチャレンジはこれからも続く。
来季も真っ向勝負 一目置かれるくノ一の「顔」
優勝が決まった本拠地での試合後、キャプテンマークを巻いたMF杉田亜未選手(26)は戦友の輪の中で3回宙に舞った。昨年に続いて託された重責から解放され、インタビューでは「簡単な試合は一つもなかった」と安堵の表情で振り返った。【リーグ通算150試合出場と50得点を記録し、2部の最優秀選手賞にも選出された杉田選手】
入団5年目。球を奪われないキープ力とスピードに乗ったドリブルが持ち味。1年目の終盤から先発メンバーに定着し、頭角を現した。なでしこジャパンでの活躍もあり、今ではくノ一の「顔」としてリーグで一目置かれる存在だ。
昨年の今ごろは1部の複数クラブから獲得のオファーが届き、移籍か残るかで心が揺れ動いていた。チームメートの半数が伊賀から離れていくなか、当時の心境を「1部でプレーしたい気持ちと、歴史あるチームなのに2勝しかできず申し訳ない気持ちの両方。すごく迷ったが、自分の責任を果たそうと残ることを決めた」と話した。
新チームが始動した1月、去年の悔しさをぶつけたいと「絶対昇格」と書いた絵馬を必勝祈願で奉納した。今季は個人でもリーグ通算8得点でランキング2位、リーグ杯も決勝を含む9試合で8得点の数字を残し、強気のプレースタイルでチームを鼓舞。2部優勝の原動力になった。
「ハードワークとチームワーク。そこは変わらずやっていきたい」。再び立つ1部の舞台はスピードやプレーのレベルが上がる。厳しい試合も予想しているが、仲間と積み上げてきたくノ一のサッカーを更に磨き、真っ向勝負で挑むつもりだ。