伊賀市高尾~名張市長瀬
今回は、伊賀市南端の高尾から峠を越え、山間の小集落を経て名張市の長瀬に通じる約9・5キロのコースを紹介します。往路、復路も路線バスでの小旅行が楽しめます。(取材・山岡博輝)【1枚目の写真 山に囲まれた大戸屋の集落。古い民家と茶畑があり、道は行き止まりに】
好天に恵まれた5月30日、午前8時すぎに近鉄青山町駅前に降り立ち、目的地への青山行政バスを待ちます。15分に滝行き、20分に霧生行きが出発し、日生学園や工業団地行きのマイクロバスも次々と出ていきました。最後の30分発の高尾行きに乗車しました。
【行政バスの終点・高尾】
バスは旧街道沿いから桐ケ丘団地へ。ひと山越えると老川、更には種生へと進み、前深瀬川をさかのぼっていきます。旧高尾小学校前を過ぎ、午前9時7分に終点の高尾生活改善センター前へ到着しました。まずは近くにある天満神社に参拝し、バスで来た道を下り始めました。
【県道を上っていくと、乗ってきたバスの折り返し便が見えた】
ほどなく酒屋バス停から西に折れ、県道蔵持霧生線へ。高みから折り返しのバスを見送り、林間のゆるやかな坂を上っていきます。日陰で程良い気温でしたが、小さな川を渡るあたりから勾配がきつくなり、一気に汗が吹き出してきました。20分ほど上り続け、下り始めると汗も引き、市境の笹倉橋を渡って名張市へ入りました。
【伊賀・名張の市境界にある笹倉橋】
ここから南へ向かう市道には「行き止まり」の看板。しかし、約2キロ先には名張市上長瀬の一部「大戸屋」という集落があります。ですが、そんな案内看板も無く、小さなお地蔵さんが1体あるだけの三差路でした。林間の道は昼でもやや暗く感じ、少し離れた川のせせらぎや小鳥の声が聞こえるだけでした。
三差路から20分ほど歩くとシイタケ栽培の小屋があります。作業をしていた年配の女性に来訪の意を告げ、しばし立ち話。大戸屋では昔からシイタケ栽培に取り組んできたが、今ではこの1軒だけが続けていること、会合や行事などで長瀬まで出るのが大変なことなどを聞き、再び歩き出しました。
先ほどの女性が「歩いても5分ほどで着くから」と言った通り、坂を下ったところに大戸屋の集落がありました。ぐるりと山に囲まれた場所に、3軒の民家と茶畑が点在する景色。日常と異なる世界に迷い込んだような錯覚を覚えました。
【倉庫で茶の葉を選別する女性。大戸屋へ嫁いできた当時のことを話してくれた】
倉庫でお茶の選別をしていた90代の女性に話を聞くと、「私が嫁に来たころは(民家が)8軒くらいあった」とのこと。シイタケ栽培は50年ほど前から行われ、家族以外に人を雇って経営していた時期もあったとか。集落西側の国道沿いには「大戸屋口」というバス停があり、地図にも歩いて下りられる道がありましたが、「もう長いこと誰も通ってないから無理と違うか」と止められました。
「確かに不便なとこやけど、住めば都、ということかな」と話す女性は「体が健康なうちはいいけど、いつまでここに住んでおれるか分からん。息子たちにあんまり迷惑掛けられんでなあ」と苦笑いを浮かべていました。
この場所にしばらく滞在したい衝動に駆られましたが、帰りのバスの時間を気にしながら、大戸屋を後にしました。セミの鳴き声が響く林間を少し早足で戻り、先ほどの三差路へ。高尾からと同じような細い道を少し上り、下りになってからは、足元を気にしながら下りていきます。
【大戸屋から下り、名張川沿いの長瀬へ】
木々の間から水田や民家の屋根が見え始め、前方が開けると長瀬の中心部が一望できます=写真下。名張川にかかる橋を渡り、正午すぎに長瀬局前バス停に到着しました。歩数計の表示は約1万3600歩。下り坂で笑いそうになった膝を、バス停のベンチにしばし座っていたわりました。
通り掛かった年配の女性から、この辺りで盛んなアユ釣りの話を聞いているうち、午後12時25分に到着した名張駅前行きのバスに乗車。貯水量がやや少ない比奈知ダムを越え、上比奈知、下比奈知の集落を順に通り抜けます。終点には午後1時すぎに到着しました。
伊賀地域で生まれ育ち、仕事でさまざまな場所を訪れる記者にとって、今回訪れた大戸屋は「未知の場所」でした。「生まれ育った土地」「縁あって住まいをしている場所」という存在の重みを、少しだけですが感じられました。
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